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The Cat's Pajamas

旅と読書をこよなく愛する平成育ちの猫好きです。自分の好きなことだけをのんびりぽつぽつ紡いでいく趣味ブログを目指しています。

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西洋哲学史の簡単まとめ(ギリシア哲学~近代哲学まで)

哲学の全体的な流れ

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いろいろな本を読んでいると、哲学者の名前や思想が、誰でも知っている常識のようなものとして語られていることが多く、なんだか居心地の悪い気持ちになることが多々ありますよね。

そんな人のために今回の記事では、西洋哲学の全体的な流れをザックリとまとめたいと思います。

哲学者についてのエピソードを含め、簡単な思想内容や時代背景を理解したい人にお勧めです。

<古代ギリシア哲学>

初期
  • タレス・・・・・・・水
  • アナクシマンドロス・無限なるもの
  • アナクシメネス・・・空気
  • ヘラクレイトス・・・火
  • エンペドクレス・・・地・水・火・風
  • アナクサゴラス・・・ヌース(精神)
  • デモクリトス・・・・アトム(原子)
  • ピタゴラス・・・・・数

万物には、それを構成する根源(アルケー)があるという考え方に基づく思想が主となっている時代。

古代ギリシア哲学は世界を構成する<素材>に対する問いかけから始まり、世界がどのように変化するのかという<動因>に対するものへと変化していく。

*ソフィスト時代

ソフィストとは”知恵あるもの”と呼ばれ、紀元前五世紀のアテネでは家庭教師として招かれていた者たちのことを指す。彼らは言葉を重んじ、優れた弁論術をもっていることが必須とされていた。

パルメニデス

”節度ある理想の生活”のことをアテネの人たちは、パルメニデスのような生活と呼んだといわれるほどの聖人君子だったといわれている。

ゼノン

アキレスと亀のパラドクスで知られている哲学者。パルメニデスの弟子。言葉の論理的矛盾が生み出すパラドクスを徹底して追求した。

プロタゴラス

「人間は万物の尺度である」という警句で有名。

以上に挙げたソフィストたちの思想は、観点を変えさえすれば、どのような異なる解釈判断も可能なものとなる。つまりある意味で、相対主義的に何でも言えてしまうという欠点があった。そこで登場したのが以下の陣営である。

ソクラテス

ソフィストたちの教育は単なる処世術であり、人間が本当に知るべきことや魂への配慮を欠いたものであると批判した。「汝、己を知れ」「無知の知」という言葉で有名。

対話の重要性を強調し、哲学の中心を世界から人間へと変換させたという意味でも、後世の哲学者に大きな影響を与えた。

プラトン(BC427-BC347)

プラトンが28歳のときに師匠であるソクラテスが処刑され、政治に失望する。真・善・美を本質とする「イデア」説を展開した。

なぜ人間が考えるのかという問いに、より深く生きたい・よく生きたい、という欲望があると考え、最高の善の追及を求めた。

アリストテレス(BC384-BC322)

プラトンが開いた学校であるアカメデイアに17歳で入学し、以後20年間そこにとどまり続けた。学園のアリストテレスの評判は「派手な衣服を身にまとい、指輪をはめ、髪は短く刈り込んでいた」とひときわ目立つ存在だったそうで、「学園の心臓」とも呼ばれていた。

政治学、心理学、天文学とありとあらゆる学問に秀でており、「万学の祖」と呼ばれた。アレクサンダー大王の家庭教師だったことでもよく知られている。

物事の原因を、質料因(ex,材木)、形相因(ex,設計図)、始動因(ex, 大工)、目的因(ex, 住むための家)の4つと語った。

この時代になると、世界を構成する”素材(アルケー)”だけではなく、世界が生成変化する”動因”が求められるようになる。論理が複雑になるにつれて、言葉の重要性も増大していくのだった。

<中世神学>

紀元前四世紀に古代ギリシアのポリスはマケドニアに制覇され、次にローマ帝国の支配に置かれると、ギリシア哲学も衰退の兆しを見せ始める。ヨーロッパはキリスト教の支配する中世の時代に突入し、神学の強い影響下に置かれることになるのだった。

  • エピクロス派・・・快楽主義。
  • ストア派・・・・・ストイックの語源。禁欲主義。
  • スコラ哲学・・・・「school」と同源語。神の存在証明や奇蹟などを論理的に説明しようとする存在証明を試みた。
アウグスティヌス(354-430)

善悪二元論を旨とするマニ教であったが、三十二歳のころにキリスト教へと転宗する。若いころは遊び人だったことでも有名。

後年は、人の心の中に起こる善悪の葛藤に真摯に取り組み、内省を重んじた。主要著作は『告白』『アウグスティヌス』など。

トマス=アクィナス(1225-1274)

中世最大のスコラ哲学者。当時は「神の存在」が当たり前のように信じられていた時代であった。しかし、13世紀に入り「人知を超えた存在としての神を前提に理論を構築してはならない」という古代ギリシアのアリストテレスの哲学が流行する。神学者たちは危機感を感じるが、その哲学に反証することができないまま「神学も哲学も真理を求める学問であるが、その真理は両者で異なる」という説を唱えた。

この通説に対し「二つの真理」ではなく「一つの真理」を導き出すための論理をアクィナスは追求し、従来のキリスト教観を一新した。

ちなみに、18歳のころ大修道院の大修院長(超エリート)を期待されていたアクィナスは、ドミニコ教会(喜捨に頼って生活しなければならない協会)に入会を決意する。しかし出世コースを外れようとする息子に驚愕した両親は、監禁部屋に裸の美少女を送りこみ、息子を誘惑させた。だが、アクィナスの決意は固く、暖炉から火のついたまきを取り出し、美少女を撃退したという彼の厚い信仰心を物語るエピソードがある。

エラスムス

『痴愚神礼賛』の著者として知られ、人文主義者の王と呼ばれた。

<近代哲学>

度重なる十字軍遠征によって商業都市が発展し、イスラム教の世界観がはいってくることから、キリスト教の権威が揺らぎ始める時代。十四世紀にはイタリアの承認を中心にイスラム圏で保存されていた古代ギリシア・ローマの文献が広く講読されるようになり、神ではなく人間への関心が高まっていく。いわゆるルネサンス、ヒューマニズムの始まりである。

十六世紀になると、ルターの宗教改革プロテスタントとカトリックが争う宗教戦争に突入し、協会の権威が失墜。十六世紀から十七世紀にかけて、コペルニクスの地動説、ガリレイの物体落下の法則、ニュートンの万有引力の法則などが登場し、”自然科学の世界像”が台頭してくる。だが、科学は自己存在や世界の意味についての答えを与えてはくれない。意味や価値の問題は主観的なものとして、客観的な問題を扱う科学では排除されてしまうからである。

一方で、もはや科学の基盤である合理主義の精神が養われた時代において、人々は聖書における宗教物語を容易く信じることもできなくなった。その結果、合理的に神の存在を証明しようとする”理神論”が生まれることになる。このように理性によって物事を合理的にとらえようとする傾向が強くなる時代のなか、近代哲学は意味や価値の問題について、誰もが共有できる洞察を目指すことになる。

  • 懐疑論・・・キリスト教に基づくスコラ哲学の衰退。多様な学問の入り乱れとともに高まった「確かなものなど何もない」というペシミスティックな思想傾向。
マキャベリ(1469-1527)

フィレンツェ生まれの思想家。現実主義的な政治観、統治論ゆえにマキアヴェリズムは過酷な冷血主義とみなされることが多い。本来、共和主義者であったが、祖国フィレンツェに安定した政治をもたらしたいという考えから、君主独裁制を唱えるようになる。人間は信頼に値するものではなく力こそがすべてだと考えた。著者『君主論』で知られている。

モンテーニュ(1533-1592)

モンテーニュは「モラリスト」の語源である。体系的な哲学書ではなく、自分自身の経験や古典の引用をもとにした考察『エセー』を発表した。17世紀のデカルトやパスカルにも多大な影響を与え、のちには無神論の書として禁書とされた。

トマス・ホッブズ(1588-1679)

宗教戦争という恐怖の時代を生き抜いた自分のことを「私は恐怖との双子である」と語った。人間の本性は「万人の万人に対する闘争」状態であると語り、それを統治するための強力な統治者(超越的権力)を作り出す必要性を説いた。

著書名『リヴァイアサン』とは聖書「ヨブ記」に出てくる怪獣の名である。英語、ラテン語、フランス語、イタリア語、ギリシャ語を操るインターナショナルな外交を行い、ベーコンに師事、デカルトと会食、ガリレオ訪問など、同時代の哲学者・科学者と積極的に関わりを持った。貴族の家庭教師兼秘書を務め、グランド・ツアー(裕福な貴族の子弟がその学業終了時に行った大規模な国外旅行)に同行し、ヨーロッパ各地を旅行した。

ベーコン(1561-1626)

「知は力なり」の警句で知られている人物。ベーコンは、自然のふるまい(結果)を観察し、そこから知識(原因)を推測し、静止の道具として実利に用いる帰納法を主張した。ベーコン以前のスコラ哲学が、演繹法を主に用いたのと異なり、自然に対する真摯な観測を重視した。

ウィリアム・シェイクスピアと同時代人であり、シェイクスプアはベーコンのペンネームだと説を唱える学者もいる。トマス・ホッブズが一時期だが、彼の秘書を務めたこともあった。

1621年に汚職の嫌疑を受けて失脚。隠遁生活の中、鶏に雪を詰め込んで冷凍の実験を行った際に悪寒にかかり、それがもとで亡くなった。

デカルト(1589-1650)

「我、思う故に、我あり」と唱えた近代哲学の父。まず始めに一切のものを疑い、最後にそのように考えている自分だけが残ると説いた。”世界とは何か”という問いではなく、”我々は世界(の真理)を認識できるのか”という問題提起を哲学の中に初めて組み入れた。

デカルトは、人間は不完全なものであり、神は完全なものである。ならば不完全な人間から、完全な神など生まれるはずがない。だから神は、人間から生じた概念ではなく、どこか他にいる、と神の存在証明を行った。この証明からさらにデカルトは事物の本質を「延長」、精神の本質を「思考」ととらえ、世界はモノと心の二つの異なった実態でできていると考えた。しかしこの考えだと人間の体と精神は全く別々のものとなってしまう。これを物心二元論の問題という。

当時、デカルトは脳の中に松果体という器官があって、精神と身体をつないでいると説いたが近代科学の発展につれてその矛盾点は、批判の的になることの方が多くなった。

パスカル(1623-1662)

デカルトと同時代の思想家である。デカルトとは対極にある非合理主義者と呼ばれることが多い。だが、自動計算機の発明、積分理論、パスカルの法則などの実績でも世に知られる人である。人間の自然の中における存在のか弱さと、思考する存在としての偉大さを「人間は考える葦である」と言い表した。

ラ・メトリ(1709-1751)

デカルトの考えの一部をおし進め、人間機械論を唱えた。現代における心理学、神経医学、人間工学の「心とは脳の働き」と同じものである。

ちなみにデカルトの物心二元論から、以下のような論者も生まれてくることを留意しておきたい。

  • 唯物論・・・実体は事物だけだと考えるもの(この世にはモノだけ)
  • 唯心論・・・実態は精神だけだと考えるもの(この世には心だけ)

*大陸合理論とイギリス経験論

世界を理性的な推論(演繹)によって把握しようとしたデカルトの立場を踏襲したものが大陸合理論である(スピノザ、ライプニッツなど)。デカルトは、世界を力学の法則に従って動く機械仕掛けのようなものとしてとらえ、機械論的な世界像を主張していた。

一方、デカルトは、意識=主観を出発点に考えるという方法論を説いた最初の人物でもある。この方法論をカントやフッサールらの哲学に橋渡しする役割を担ったのが、イギリス経験論である(ロック、バークリー、ヒュームなど)。

スピノザ(1632-1677)

神に酔える人というあだ名をもつ。だが、生前はむしろ無神論者として非難され危険思想家扱いされていた。カント以降に再評価され、ゲーテをはじめとするドイツ・ロマン主義に影響を与える。

ヘーゲルは「哲学思想を始める者は、まずスピノチストでなければならぬ」と語り、科学者アインシュタインもスピノザの神なら信じれると答えている。デカルトは心と体を2つの実態だと捉え、心身二元論という難問を哲学に残したが、スピノザは心と身体という属性が分かれているだけであり、「世界はすべて神が姿を変えたもの」であるとして、デカルトの二元論を超えようとした。著作は『エチカ』

ライプニッツ(1646-1716)

この世のすべては「モナド」によって成ると説明した。モナドの概念は、デモクリトスが主張した原子(アトム)とよく似ている。だが、モナドとは物質的な実体だけでなく、精神的な事態としてもさまざまな世界を自分の中に映し出しすことができる。宇宙はこうした無数のモナドによって構成されているという思想によって、デカルトの二元論を超えようとした。

ロック(1632-1704)

厳格なピューリタンの家庭に生まれた。実生活では信心深い信徒であったが、哲学には神の入る余地がなかった人物である。心はいわば文字を全く欠いた白紙(タブラ・ラサ)であると説いた。神によって人間の心に観念が刻み込まれるといわれていた時代に、自分の力で「白紙」の心に世界を描けるとロックは主張した。

ちなみにロックは、端正で知的な顔立ちをしており女性にモテた。しかし、ピューリタン的倫理観ゆえに一度として女性と特別な関係にならなかった

50歳のころ、24歳のダマリス・カドワースがロックに一目ぼれしたが二人は結ばれず、彼女は別の男性と結婚する。しかし、彼女がロックを自分の家に迎え入れ、奇妙な三角関係を築き、彼女の腕の中でロックは最後の息を引き取った。

バークリー(1685-1753)

「存在するとは知覚されることである」という言い方から観念論者ともされるが、その知覚論は、身体運動感覚の役割に関する萌芽的な探究でもあった。知覚と触覚の関係については当時「モリヌークス問題」と呼ばれる難問があった。生来、視覚に問題があったものが晴眼手術を受けたとき、それまで触覚によって感知していた物体の形を、視覚によって認識できるかどうかという問題である。

ヒューム(1711-1776)

イギリス経験論の完成者。28歳で『人生論』を著し、あらゆる物事を疑った。どんな学問も主観から始まると考え、自然界にあるとされた秩序、原因・結果の関係すらも疑う姿勢を貫いた。因果性とは、自然それ自体にあるのではない。人間が生活の必要性に応じてつくりだした秩序に過ぎないとヒュームは主張したのであった。これは世界を作った神などいないという無神論的な考えに結びつくとされた。

すべて疑ったというと偏屈なイメージだが、人好き付き合いがよく友人も多かったといわれる。アダム・スミスとは終生の関係を気付き、ディドロやダランベールなどのフランス思想家とも交流を持った。

皆が遠巻きにしたルソーとの交流を積極的にもち、逮捕状が出されたルソーを助け、イギリスに招いた(のちにルソーの猜疑心のせいで彼らは喧嘩別れとなってしまう)。

ルソー(1772-1778)

スイスのジュネーヴ共和国に生まれる。鋭い感受性と想像力にあふれ、様々な分野で才能を発揮した。美男子であったため、多くの女を渡り歩いたといわれている。教育論『エミール』で知られるルソーだが、実際は妻エリーゼとの間にできた子供を五人孤児院に捨てている

人好き付き合いが苦手であり、晩年は孤独に過ごした。『社会契約論』のなかで直接民主主義を主張し、「一般意思」による社会づくりを主張した。ちなみに、ルソーの思想はフランス革命の導火線になったといわれている。

*ドイツ観念論・・・大陸合理論とイギリス経験論の合流地点に位置する論派

カント(1724-1804)

大陸合理論とイギリス経験論を統一した哲学者。合理論は数学や幾何学に倣って、合理的に推論すれば世界を客観的に説明できるとしたものであり、スピノザに代表された。一方、経験論は、自然科学も人間の主観に過ぎないとしたヒュームに代表され、世界と主観との関係性を説いた。

カントはここに、そもそも客観的な認識などありうるのか?人間は何を知りうるのだろうか?という根本的な問いを投げかけ、答えを見出そうとする。カントの立場は、世界の起源や神の存在などは、決して人間の知りえることのできない対象とし、こういった「形而上学」的な哲学を、アンチノミーとして一蹴した。世界を人間には認識できない世界(本質世界)と、認席できる世界(現象世界)に分け、認識できない本質世界に対しては、人間の想像の産物である可想世界があるといった二元論を展開した。

生涯を生まれ故郷のプロイセン・ケーニヒスベルクで過ごし、毎日決まった時間に朝、散歩をしたといわれている。

フィヒテ(1762-1814)

カントの二元論を超えようとした哲学者。『ドイツ国民に告ぐ』を著し、反ナポレオン戦争のイデオローグともなった。フィヒテにとっての正しい哲学は自我以外に原理を認めない哲学であり、これを彼は「観念論」とよんだ。

シェリング(1775-1854)

自我を根底に据えるフィヒテの体系は問題あるものとした。非我をも含む無限の存在を絶対的自我と呼ぶのであれば、それはむしろ「自然」とみなすべきだと考えた。フィヒテが自我の論理的行為を強調する主観的観念論であるのに対し、シェリングの哲学は独特の自然を根底に置く「客観的観念論」であるといえる。近年では再評価されており、「実存哲学」の先駆ともいわれる。

ヘーゲル(1770-1831)

ヨーロッパ近代哲学の完成者。1789年に起こったフランス革命に代表されるように封建社会が崩壊し、人々のあいだに「自由」への意識が芽生え始めていた時代に、「人間はどうすれば自由になれるのか」という思想を説いた。

弁証法の提唱者として知られる。主観としての自己は、客観として認識される社会や他者に学ぶことで現在の自己を否定する。そして、さらに社会性(客観)を備えた自己(主観)へと成長するのである。この弁証法を通じた自己意識の成長プロセスによって、主観と客観は徐々に一致すると説いた。

ちなみに、革命勢力がブルボン王朝を打倒し、市民政府を樹立したとき、新たな時代を渇望する若き知識人の一人として友人たちと「自由の樹」を植えたという。この「自由の樹」を植えた友人の中には、のちの哲学者シェリングが参加しており、二人は親しい友人関係を築いていた。しかしヘーゲルが主著『精神現象学』の序文でシェリングの思想体系を批判し、決裂した。

ショーペンハウアー(1788-1860)

カントやフィヒテを出発点としながら、自我への終着を去ることで救済を見出した。万人に、広く受け入られる哲学者。ショーペンハウアーにとっての意志は、個人や自我の意思ではなく、神のようなものでもなく、それは無記名の主体なしの意志であった。のちにニーチェが説く「力への意思」の先駆者と言える。

ヘーゲルと同じベルリン大学で教鞭をとり、ヘーゲルを批判した。世紀末のヨーロッパにおける「ペシミズム」の哲学者「自殺擁護者」としてもひろく読まれ、フロイトやニーチェ、ウィトゲンシュタインなどに影響を与える。

  •  功利主義・・・19世紀のイギリス思想家、ジェレミー・ベンサム(1748-1832)やジョン・スチュアート・ミル(1806-1873)に代表される。
  • 実存主義哲学・・・近代以前は伝統的価値観に支配され、職業的あるいは宗教的な自由は制限されていたが、一方で個人のアイデンティティは迷いがなく一定していた。しかし近代社会以降、価値観の多様化が進み、自由は解放され、個人のアイデンティティが不安定になる。19世紀末以降、多様な価値感が鬩ぎあい、「私」という問題が全面化することで、実存的な不安が問題化してきた時代に生まれた。
キルケゴール(1813-1855)

デンマークの思想家。実存哲学の祖。父親は厳格なキリスト教育者で、友達と遊ぶ自由もあまり与えられなかった。暗い少年時代を過ごし青年になって、レギーネという女性に生涯唯一無二の恋をする。二人は相思相愛で婚約に至るが、その翌年キルケゴールは原因不明の婚約破棄を行う。かつて父親から「俺がまだ若い時に人生の不幸を神に呪ったことがあった。そのせいで兄弟は若くして死に、お前にも同じ運命が訪れるだろう」と言われたトラウマがあり、神に呪われた私が「普通の幸せ」を望むことなどできないという思いが、終生付きまとっていたためであった。

人間はいつか必ず死に至るため、いつも孤独、不安、絶望を抱えている。とりわけ絶望は人間存在の本質であり「死に至る病とは絶望のことである」と語った。しかし一方で彼は、可能性がある限り、絶望を回避し、希望を捨てずに、生きることができる人間の可能性を主張した。

<参考文献/ 哲学入門書>

デカルトの『方法序説』やルソー『社会契約論』をはじめとする哲学者の代表的な著作の内容について、講義形式でわかりやすく説明している一冊。哲学をまったく知らない初心者でもわかりやすく、気軽に手に取れる一冊。

・わかりやすさ★★★★

・情報量★★

・アカデミック度★

 

上記と同じ小川仁志さんの著作。同様に講義形式をとっているが、こちらは実際に昔の哲学者が現れ、直接講義をしてくれるというファンタジックな設定になっており、読み物としても意外に面白い。というのも講師を介して説明するのではなく、ダイレクトに哲学者が語るという体裁になっているので、伝達力が高く、哲学者のキャラクターなども踏まえていて、人物像にまで興味が湧くようになっているからだ哲学の入門書を語る本の中では省かれることが多いマクルーハンや、ボードリヤールもちゃっかり登場するというところが個人的には良かった。これは続編のようなので、前回のものも読んでみたいと感じた。
・読みやすさ★★★★★
・情報量★★
・アカデミック度★

ソクラテス~ハーバーマスまでの哲学者について、人物像からその思想まで網羅的にわかりやすく記されている入門書。大御所の哲学者を理解するのには、うってつけの一冊であるようにも感じた。個人的にはもう少し先の(フランス現代思想、ポストモダンに至るまで)哲学者についての記述があればよいと思う。
・わかりやすさ★★★★
・情報量★★★★
・アカデミック度★★

これは入門書として、とてもお勧めできる一冊。というのも哲学者個人の思想だけでなく、その基本的な思想についても背景知識を踏まえたわかりやすい説明がセットになっているため、理解が捗ると感じたからだ。ただまったく何も哲学を知らない状態から読むと滞るとも感じるので、上記に挙げた本に目を通してから読むと、細かい理解が進むように思う。

・わかりやすさ★★★★
・情報量★★★★
・アカデミック度★★

ソクラテスだろうとバークリーだろうとバルトだろうと関係ねぇという感じで、すべての人物に4ページを割いて構成された入門書。網羅している哲学者が意外と多く、生い立ちと簡単な思想の説明がついており、気軽に手に取れる一冊となっている。簡潔にまとめてはいるが、逆にページ不足でわかりにくい説明もみられた。哲学者紹介の銅像だった肖像画が、最終的には写真になっていくとい点に時代を感じた。

・わかりやすさ★★★
・情報量★★★
・アカデミック度★

入門書としてとりあえず最初に手に取った一冊。個人的にはとても読みやすくお勧めできる一冊だと感じた。先ほど挙げた竹田さんの入門書も良いが、哲学者個々人に的を絞っているため、全体的な流れをつかみにくいともいえる。その点こちらは、時代と哲学体系に則った6つの章立てがなされており、思想の枠組みを図式化してつかみやすい一冊になっている。また哲学と称しているものの、最後はアメリカ政治哲学まで端を伸ばしており、網羅性が高いように感じた。お勧めの一冊。
・わかりやすさ★★★★★
・情報量★★★
・アカデミック度★★

以上の入門書を読んだうえで、省略されている哲学者や思想、歴史的な流れを補うために一読。世界史の資料集のように細かい字で、端的に哲学者の説明が書かれている。多くの入門書では省略されているフレーゲやホワイトヘッドあたりにまで、文字を割いており、また”プラグマティズム”や”エピステモロジー”などの用語にも説明を加えている点が良い。正直入門書として読むには、わかりにくいと思う。

・わかりやすさ★★
・情報量★★★★
・アカデミック度★★★

 

ですます調のため、一見読みやすそうにみえる一冊だが、内容ははじめてのと銘打っている割には意外と専門的で、哲学に関する知識が予めないと厳しいものを感じる。各々の哲学者の紹介で、引用が挟まれているので、重要文献をつまみ読みするつもりで手に取るのならば、良いかもしれない。

・読みやすさ★★
・内容★★★
・アカデミック度★★★★

 

以前購入して一読したものを再読。難解な哲学を哲学者の面白エピソードに関連付けて理解することができ、初心者にうってつけの一冊となっていた。エピソードだけでなく、個々人の思想もきちんと説明がなされており、入門書として最適。やはりルソーは変態なんだなと納得しつつ、多くの哲学入門書では割愛されているディドロやダランベールに関するエピソードも記載されているのが個人的には良かった。

著者のほかの本もぜひとも読んでみたいと感じている。

・読みやすさ★★★★★
・内容★★★★
・アカデミック度★★★

全体的な西洋史の概要をつかむために読んだ入門書は以上。参考になれば、幸いです。


*映画と哲学に関するこんな記事も下から読めます。

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*本が好きな方にはこちらの記事もお勧めです。

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