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The Cat's Pajamas

旅と読書をこよなく愛する平成育ちの猫好きです。自分の好きなことだけをのんびりぽつぽつ紡いでいく趣味ブログを目指しています。

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『Take Me to the River』(堂島リバービエンナーレ2015)感想:美術館巡り

先日、国立国際美術館の『他人の時間』展を見に行ったついでに、堂島リバーフォーラムで開催されていた堂島リバービエンナーレにも足を運びました。場所は目と鼻の先、歩いて5分もかからなかったと思います。受付のお兄さんがいかにも大学生な感じのイケメンで少しテンションを挙げながら入場しました。

個人的に印象的だったのが、地下に展示されていたこちらの作品。

*笹本晃、トーキング・イン・サークルズ・トーキング(2015)

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写真だとわかりにくいのですが、ライトで照らされているのは糸で縛られた氷の塊で、銀色のトレイみたいのが下にひかれています。地下倉庫の雰囲気と合っていて、なかなか幻想的でした。ただ維持管理が大変そうで、お兄さんが何度かきて、トレイの水を変えている姿を見かけました。

*アンガス・フェアハースト、身体と文章が切り取られた雑誌シリーズ

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文字通り、雑誌の身体と文章が切り取られてコラージュのように張り付けられています。なかなか御洒落♡な感じでした。

池田亮司

個人的に一番楽しかったのが、この作品。巨大なディスプレイが床に設置されており、絶え間なく光の電子記号が変化して、幻惑的な雰囲気を生み出しています。2Fからホールの中を見下ろすと、点滅する夥しい光の中にいる人の影が俯瞰できます。

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下に降りて、1Fから作品の上を実際に歩いてみることもできます。

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音と光に酔うまではいつまでも楽しめることのできる展示になっていました。池田亮司のパフォーマンスは以前、京都芸術大学まで見に行ったことがあったのですが、疲れていて爆睡してしまった記憶しかありません。惜しいことをしたかな、と少し後悔しました。

個人的には、『他人の時間』展よりも楽しめたというのが素直な感想かもしれません。美術館だけでなく、ビエンナーレなども見逃さず、足を運びたいなと素直に思える機会でした。

DOJIMA RIVER BIENNALE 2015 | DOJIMA RIVER FORUM

鴨長明が書いた「方丈記」(1212年)の出だしの一節「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」は、日本文学における”無常”の表現として大変良く知られている。一方、これと驚くほど似た表現が西洋にもある。ギリシャ哲学者のヘラクレイトスは、紀元前500年頃、「同じ川の流れの中には再び入ることはできない」と述べ、「万物は流転する」という有名な言葉を残した。また最近では、スペイン出身の社会学者マニュエル・カステルは、その著書「ネットワーク社会の出現」(The Rise of Network Society, 1996)の中で、急速に技術革新を続ける情報化時代の「流れの空間性」という問題を指摘している。グローバル化した流動性により、人と社会とかかわりにおいて固定された場所よりも時間の流れがますます重要となってくる。

テイク・ミー・トゥー・ザ・リバーは、現代における「流れの空間性」と、そこに現れる変容と交換を探る展覧会である。今日の世界は、歴史上、前例のない多様性によって特徴づけられる。本展では、そうしたグローバルに錯綜した様相を、今日の現代美術を通して検証すべく、「川」という比喩を用いる。従来の共同体的な場に依拠したセルフ(自我)の概念は失われ、それに代わり、より流動的な「ネットワーク・カルチャー」という場に依拠したセルフが現れている。果たして、個々のアーティストの主観的な在り様が、こうした新たな状況においていかに機能し、また変化をもたらしうるか。この展覧会はそうした物の見方を喚起する。

 (アーティスティック・ディレクター/ トム・トレバー)

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kinako18.hatenadiary.com