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大学入学時の第二言語選択は、欲望に忠実になるのが吉

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くれぐれも心に従った、第二言語の選び方を

最近、独学で仏語を勉強しています。

基本的な単語から、動詞の活用、慣用表現の綴りなど、コツコツとやっています。

なぜこのような事態になってしまったかを考えるに、大学入学時の第二言語選択がすべての過ちのハジマリでした。

気づけば3月も終わり、新しい一年が始まるということで、私が大学に進学した当時のことを、ふと思い出しました。

余談ですが、私が選んだ第二外国語は仏語ではなくスペイン語でした。

なぜスペイン語を選んだのかというと、ラテンアメリカ文学が好きだったという高尚な理由でも、南米をはじめ多くの国で公用語として使用されているからという実学的な理由でもなく、ただ単に一番簡単だという噂を聞いたからという浅はかなものでした。

  • スペイン語は、日本語の発音に近い
  • そのうえ、発音はほぼローマ字読みで簡単

という情報だけを頼りに、入学時、本当に何も考えずに私はスペイン語を第二外国語に選んだのです。

さて、いざスペイン語の授業を受けてみれば、興味がないので当たり前ではありますが、授業はほぼ居眠り中心になります。

スペイン人の講師ハビエルに「コラ、ネチャダメヨ」と、いつも名指して怒られていました、それくらいにやる気がありませんでした。

時同じくして、映画鑑賞にハマり、朝から晩まで映画を見ていた私がハマったのはフランス映画。

心の底から「フランス語にしておけばよかった」と思った十代でした。

外国語を学習することは、どれを選んでも簡単ではない

あのときの自分に1つ釘を刺せるのであれば、

どんな外国語を選んでも、一から新たに語学を学習することは簡単じゃない、そもそも簡単な外国語なんて存在するわけがない。

という当たり前の事実を、耳元で叫んでやりたいです。

巷では色々な情報が飛び交っているでしょう。

日本人にとって、語順が似ているハングル語は簡単だとか、ロシア語のキリル文字は覚えるのが大変だとか、中国語を覚えた方が就活に便利だとか、それこそ色々な視点があるわけです。

でも、それは、ほかの誰かにとっての価値観でしかありません。

大学で数年間だけ学ぶ言語。

熱心に授業に通っても専門科目でなければ、その外国語をマスターすることはおそらく難しいでしょう。

単位さえ取れればいいと思う人も多いかもしれません(実際、私がそうでした)。

ですが、いえ、だからこそ、少しでも自分が「楽しい時間」を過ごせそうな言語を選んだ方がいいのです。

そしてその選び方は、自分の心に従うことなのです。

私の大学の先輩にフランス語もロシア語もできる方がいらっしゃいます。

その動機を聞くと、真顔で

「ロシア人かフランス人の美女と付き合いたかったから」

と即答されました。

それを聞きながら私は「これが正解だ」と本気で感心してしまいました。

そのころ私が思っていたこと。欲望とも称せるような自分の”好き”の気持ちに正直になることが、どんな学習を行う上でも一番大切なのではないか、という考えが確信に変わったからです。

発音がどうとか、文法がどうとか、就活がどうとか、そんな動機よりも

  • なんかカッコいい!
  • なんかおしゃれ!
  • とにかく、その国に行きたい!
  • イケメンと喋りたい!
  • 美女と付き合いたい!

という子どものような素直な欲求の方が、あながち人間は頑張ることができるのかもしれません。

何かを「好き」になることは、当たり前の感情じゃない

まだまだ若いといえる年かもしれませんが、大学を出て1つ1つと歳を重ねるごとに、無邪気に何かを「好きだ」と思うことが非常に少なくなりました。

もしかすると「好きだ」と思っているのかもしれませんが、その気持ちを大切に思えなくなったというのが、正しいのでしょうか。

自分の直感を大切にできず、ぼんやりと濁したようにして、時間を割くことを惜しみ、何年も時間が経過していきます。

私はこのまま、歳を重ねていくのでしょうか。

好きになることは、1つの才能だ

と、昔何かの本で読んだ記憶があります。

けれどその才能に気づけないのは、育てられないのは、多くの人が「好きになることなんて、大したことじゃない」と考えているからだそうです。

好きという気持ちよりも、近くの誰かの能力と自分を比較して「才能がない」と決めつけてしまったり、大して好きじゃないんだと思い込むことで、他人の望みを叶えるために時間を割いてしまったりします。難しいものです。

さて、少し話が逸れてしまいましたが、今回の記事で言いたいことは、これだけです。

  • 第二外国語の選択は、自分の心に従うこと

RPGゲームの主人公になったつもりで、自分に1つ装備を加えられるのであれば、いったいどの国の言語を、どの文化を学びたいと思うのか、考えてみましょう。

多言語を学ぶことの難易度を左右するのは、きっと自分の内側にある「好奇心」の大きさでしかありません。

これから新しい扉を開こうとする学生さんの多くが、どうか私のように、大学の教室でぼんやりとした時間を過ごさないことを心から願う気持ちで、つらつらと言葉を並べてしまいました。

そして私と同じように、外国語学習に一抹の後悔がちらついている方であれば、今から立ち上がっても決して遅くはないと思うのです。

20年後、私の部屋の本棚にはフランス語の本が当たり前のように並んでいます。

そのとき私にとってのフランス語は、全く知らない記号ではなく、馴染みのある言語になっているのです。

石畳を軽やかに踏み、青い空が繋ぐようなセーヌ川を眺めて、ぼんやり散歩をしながら、古本市ですっと足を止めたりする自分の口から自然と零れる異国の言葉。

わぁ、なかなか素敵じゃないですか。

夢を見るだけなら、自由です。

思い浮かべるだけなら、際限なく、果てしなくいきたいのです。

もっともっと欲深くなりたいものです。

そして、ちゃっちゃと行動したいものです。

後悔からこのようなことを述べるのは、説得力がないかもしれません。

しかし一歩ずつ前に進む手助けとなる大切な時間をこの春から大学で、多くの新入生の方が過ごされることを心から願っています。

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