The Cat's Pajamas

旅と読書をこよなく愛する平成育ちの猫好きです。自分の好きなことだけをのんびりぽつぽつ紡いでいく趣味ブログを目指しています。

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Tadakuのロシア料理教室で私が学んだ、ボルシチのレシピ「以外」のこと

一人暮らしを始めて、何年目?

自分に問いかけてみても、すぐには答えが見つからない。それくらいの時間がもう何年も流れたのだなとぼんやり思う今日この頃です。

そんな一人暮らしのお悩みと言えば第一にあがるのが、食生活

初めての一人暮らしに気合を入れて、自炊を続けた学生時代。

コンビニ弁当なんて一度も口にしたことのなかった私が、今では深夜に近所のなか卯に足しげく通っていたりするものですから、人生というものは本当にわかりません。

このままではいけない

自分を変えたい。

と自己啓発本の見出しのようなことを想っても、なか卯のクーポンを無意味に消費してしまう毎日。

自分を変えるには行動するしかない。

そんな勢いで、先日、以前から気になっていたTadaku(タダク)の料理教室に行ってきました。

ちなみにTadaku(タダク)というのは

  • 海外料理を外国人の自宅で教えてもらえる
  • ネット予約で一回から参加することが可能
  • 様々な外国の料理をリーズナブルな価格で学べる

ということを売りにしているサービスです。

私は海外文化に興味があり、料理が好きなので一度利用してみたいと考えていました。

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Tadaku(タダク)のホームページはお洒落で使いやすいです。

選ぶ国によっては、英語で料理を学べる教室もありました。基本的に一回参加ですので、色々な国の料理を試すことができますし、新しい出会いを探す場としてもすごく使えるシステムだなあと思いました。

ちなみに私は一人参加でしたが、お二人様で申し込むと1000円引きになるそうです。

さてそんなTadaku(タダク)の料理教室で、私が選んだのはロシア料理でした。

生まれて初めて食べるボルシチは、驚くほどの美味しさで、私はおいしいという言葉を何度も何度もオウムのように繰り返しました。

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素敵なウェルカムティーを飲んだり、ロシアの文化や地理についてのお話を聞いたり、

ボルシチの材料について学んだり

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料理のコツを教わったりしながら

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本当に楽しい時間を過ごしました。

で、すごく充実した時間を過ごしたのですが、私にとって正直一番インパクトがあったのは、料理教室の内容じゃなかったんですよね。

私はこの料理教室で、ボルシチのレシピ以外のことを、特に学んだような気がしましたんです。

それは端的にいうと、恋愛についてです。

女性という生き物はコイバナが大好き

さて、この記事を読んでくださってる方は、もしかすると男性かもしれないので、補足しておきますが、女性は恋愛の話が大好きな生き物です。

今回も日本語ペラペラのチャーミングなロシア人の先生に、私の恋愛事情についてものすごく聞かれてしまいました。

最初の十分くらいで「カレシ!イル!!!?」と聞かれた私は

「いえ、今は恋人、いないんですよ」

とにっこりしたんです。まあ、慣れたもんですよ。

しかし、そんなうわべの回答で終わらないくらい色々な面白い話を聞かせていただき、気が付けば私は、ボルシチに自白剤でも入っていたかのように、以前の恋愛事情、失恋の経緯まで、ついうっかり喋ってしまったりしまいました。

その時、私はこともなげに、こう言いました。

「もう何年も経ったので、相手に対して未練はないし、恨みなんて全くない」

でも

「なんていうか、ずっと、あの時の自分が許せないんです」と。

すると、それを聞いた先生は

「アーソレガ、イチバン、ダメネ!」とやれやれ。

「え、駄目なんですか?」と少し狼狽する私に、先生はさらに

「次はドンナ恋愛ガシタイ?」

と畳みかけるように聞いてきました。

少し考えました。

でも、具体的なイメージがまったく浮かびませんでした。

私もいつか結婚するのだろうか、もしくはしないのだろうか。

子供はできるのだろうか、子供はできないのだろうか、誰かと隣り合って眠ることはあるのだろうか、それともずっと一人で朝を迎えるのだろうか。

全ての問いに答えはなく、自分がどうしたいのかよくわからない

そう思うと最後には、また悲しい気持ちになってしまうことになるなら、恋愛なんてしたくないと、どこかで思っている自分に気づかされてしまったりします。

そんな私の心を見透かすように、先生は流ちょうな日本語で

「ジブンガノゾマナイト、ナニモカナワナイ」

とはっきり仰いました。

「自分が望まないと、なにも叶わない」

と私は、小学生のようにその言葉を復唱しました。

望みを持つことの大切さ

先生はその時間に何度も、何度も、繰り返し言いました。

自分の望みをはっきりと持つこと。

どうしたいか具体的に、強く強くそれを持つこと。

どんな人と結婚したいのか、好きなタイプは何なのか、具体的に具体的に。

それがないと手に入らない。

望みをつかむことができない。

日本人と結婚して、事業を始めて、子供を産んで育ててと、彼女は自分がいかにそれらを強く望み、叶えてきたかを私に一生懸命伝えました。

更に、先生はこう言いました。

「ロシアニハ、コンナ方言ガ、アリマス。”女ノ望ミハ、神様ノ望ミデアル”

「え?」

私は一瞬、聞き間違いではないかと耳を疑ったのですが、先生はわたしをまっすぐ見て、もう一度

「女ノ望ミハ、神様ノ望ミデアル」とはっきり繰り返しました。

女の望みと神様の望み

少し話がそれますが、以前よんだことのある『中世騎士物語』という本の中に「騎士ガヴェインの結婚」という話がありました。

その中に「女性が望むものは何か」という問いが出てくるのです。

この問いに対し

或る者は富である、と言い

或る者は栄華と身分である、と言い

或る者は快楽、と答えます。

でもそのどれもが違うんですよね。その答えは

すべての女性が自分の意志を持つこと」を望んでいる、というものだったんです。

私はこの話が、すごく好きなんです。

それは女性が男性と同じ立場に立ってものの言うことのできない時代や文化背景があるからこその俊逸な答えだと思うのですが、やはり今の時代においても、女性が自分の意志を持つというのは重要な課題であるように思います。

例えば、女性らしくいること。

これも私にとっては、ずっと一つの枷でした。

私の母親は、女性らしく、愛らしく、美しく、弱く、男性に愛される存在でいることが女性の人生ではあたりまえでかつ重要だと、心の底から信じているような人です。

子どもの頃から母親が着せたがるスカートやリボンを泣き叫んで嫌がり、デパートの試着コーナーから号泣して逃亡。

挙句迷子センターで救助されたという過去をもつ私は、よく母親とぶつかりました。

自分の意志をもって、それに抵抗しているはずでした。

けれども初めてまともな恋愛をしたとき。

それが上手くいかなくなってしまったとき。

私は愕然としました。

相手のことばかり考えて、自分がなくなってしまい、挙句ボロボロと泣いている私。

それは結局、あれほど抵抗していた母親と同じ、ただの女でした。

それも自分が一番なりたくないと思っていた、女の姿でした。

それが今までもずっと、一番、許せません。

恋愛に染まってしまうのが、女性という生き物の性ではないかというのは極論かもしれませんが、やはりその傾向は強いのではないか、その疑いに怯えるように、それを放棄して、どこか逃げるように、生活してきた気がします。

どこかで一人でもどこにでも行ける、何でもできる、大丈夫だ。

そう信じ込むように、ぼんやりと一人で過ごしていた私にふってきた言葉。

それが「女性の望みは、神様の望みである」でした。

それは本当にロシアの方言なのかどうかはわかりません。

なぜ、女性なのか。

なぜ、神様なのか。

幾ら考えを巡らせても答えが出ません。正直、よくわからない。この言葉の意味するところも、たくさんの矛盾しかはらんでいないように思う。でもそんなことはどうでもいいというくらい、どうにも私はこの言葉が忘れられません。

私の望みは、いったい何なんだろう。

今回はっきりわかったのは、自分があまりに自分の望みに鈍感であること、いやその望みをあえて無視することで、自分が傷つかないように、ずっとずっと逃げてばかりいるということでした。

恋愛だけじゃありません。

あらゆることに対して、私は、本当はどうしたいんだろう。

全ての女性が望む「自分の意思をもつこと」

その権利を気づかないうちに、放棄してしまっていたような私への神様からの忠告なのかしらと、心の中で狼狽してしまったのでした。

望みをもった自分こそが、自分にとっての神様

話は変わりますが、ロシアという国に対して、私は少し閉鎖的なイメージを持っていました。

それがくるりとひっくり返るくらいに快活で、明るく、チャーミングな先生は、自分がしたいことを本当にはっきりと持っていらっしゃいました。

これから料理教室をどんどん広げていきたい。

そんな展望を子供のように語る姿は、本当にきらきらとしていて、私は生まれて初めて食べるボルシチの美味しさに、ほっぺたを落としながら、その姿に思わず感心すらしていました。

人生を変えるのは、人との出会いである。

そんなありきたりな言葉を、それでもやはり実感せざるを得ないなと思う瞬間に、最近良く出くわします。

ほかの人にとっては些細なありきたりな言葉なのかもしれませんが、なぜか不思議と自分の中に残って、何度も思い出してしまうものを集めていくような出来事です。

それは何かの合図なのかもしれません。

私の望み、本当の望み。

それは一体、何なんだろう。

恋愛だけでなく、これからのあらゆることにおいて、自分に問いかける。

自分の望みをもたなければ、私は自分の人生の神様に、自分の望みを伝えることもきっとできないのでしょう。

力強く、自分の意志を持ち、異国で、明るくもたくましく、自国の料理の素晴らしさを伝えているロシア女性の美しさに、そんなことを思いました。

貴重な出会いを頂けました。

まとめ

 

ということで色々と学ぶ機会を多く得ることのできる体験でした。

Tadaku(タダク)は最近メディアでも話題のようですね。実際に利用してみた感想としても、またリピートしたいと強く思えるものでした。

次回、利用するときは英語を使った料理教室に行ってみたいです。あと同じように、今まで食べたことのない国の料理が食べたいと思います。

新しい人との出会いの求め方というのは、色々な形があります。

もし異性というものにあまりこだわらないのであれば、こういうシステムを使って、自分とは大きく異なった場所で育った人の話を聞きに行くというのは、とても有意義だと思います。

あなたが男性でしたら、逆に女性との出会いの場に発展するかもしれませんしね(笑)というか単純に街コンより値段も安いし、楽しいし、美味しいし、女性側も警戒心が薄いし、話が弾みそう。

参加女性は主婦の方が多いと思いますが、自分が女性慣れしていない男性だったら、こういう場に積極的に顔を出して、女性と話す練習にしてしまうかも。

「こないだ外国料理学べる料理教室、行ってきたんだ」

なんて女の子に話す話のネタとしては、なかなか面白いじゃないですか。

あ゛ー!!!

男性サイドならいくらでも女の子口説く方法考えられるのに!!!

それでは、最後までお付き合いくださり、有難うございました。

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▲お土産にいただいたチョコレート。本当に良い時間を過ごすことができました。

Tadaku(タダク) -外国人の自宅で習える家庭料理教室-

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