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どちらにしようか悩んでいるときは、どちらを選んでも後悔するという話

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どちらにしようか悩んでいるときは、どちらを選んでも後悔する

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どちらにしようか悩んでいるときは、どちらを選んでも後悔する

このように昔、教えてくださった人がいました。

友人の紹介で知り合った男性でした。

恋の予感とは不思議なもので、それは一瞬の飛び散る火花のように、激しく自分の心をかき乱すものだと私は考えておりますが、その方には、このような感情を抱くことがありませんでした。

私たちは、しんみりと二人で喫茶店に入り、黙々とお互いの身の上話を致しました。その時、聞いた話です。

その方は以前、心臓の病気を患い、とても長い間学校にいけないことがあったそうなのです。自分は若くして死ぬんだといつも思っていたと言います。そして今でも、死というものを大分身近に感じるのだそうです。

しかし、そのおかげで、彼は物事の決断において悩むことが無くなったと静かに語りました。

自分がいつ死ぬか、わからない。

死の恐怖がいつも自分のすぐ後ろに迫っていることを、忘れることができないからこそ、自分の気持ちには常に正直でいるから迷いがないと仰っていました。

そんな彼に、私はふと将来の進路について悩んでいる、と相談しました。

その時に言われた言葉が

「どちらにしようか悩んでいるときは、どちらを選んでも後悔する」

というものでした。

彼は、柔らかい笑みを浮かべながら

「それはもしかすると、どちらの選択肢にもあまり魅力を感じていないのかもしれないね」と仰っていました。

ひとは、なぜ悩むのか

その男性とは、それっきりお会いすることはありませんでした。

しかし何年たっても、もう名前も顔も思い出すことができないその人の、言葉だけが、ふと頭に過ることがあります。

それはいつも、わたしが選択肢に悩んだときです。

私はとても優柔不断な人間です。

いつも選択に迷うし、決められないと頭を抱えてしまいます。

どちらにすればいいのか決めることができない。

それは結局のところ、どちらも決定打に欠けるということなのでしょう。

もしかすると、どちらもそれほどほしくはないということなのでしょう。

だから結局、どちらを選んでも、後悔する。

彼は、断言していました。

そして私は、ふと思うのです。

目の前に、水とコーラがある。

でも、どちらにしようか悩んでしまって、いつまでも選ぶことができない。

でも、本当に大切なことに気づいてない。

自分は、そもそも喉など渇いていないということに

どうして喉が渇いていないのに、それを手に取ろうとしてしまうのか。

それもまた、考えてみます。

他人の期待、社会の眼差し、親の願い、自分の小さなプライド、それから多くの、ときに自分の本当の心を覆い隠し、目を塞ぎ、言葉を遮る、なにかでしょうか。

あの日、夏の昼下がり。

決められない私を俯瞰するように見ていたあの人は、いつも自分の心臓の音に耳を傾けながら、本当に求めるべきものを間違わないように、一日一日を生きていた人だったのでしょう。

けれども私は、決められない自分の危うさを黙認してばかりいます。

そういえば昔読んだ『カラマーゾフの兄弟』の中に出てきた神父の警鐘に、こうありました。

肝心なのは嘘を避けることです。一切の嘘を、とくに自分自身に対する嘘をね。自分の嘘を監視し、毎時毎分それを見つめるようになさい。

私はこの言葉に、思わず唇を噛みしめてしまう未熟な人間にすぎません。

あのときAではなくBの選択肢を選ぶべきだった。

いいえ、違う、きっとどちらを選んでいても同じだったのでしょう。

選択に悩んだときは、その悩んでいるという事実そのものが感情のサインであることを決して見落としてはいけない

そんなことを考えながら、開いていた本を閉じて、背筋を伸ばし、美味しいものをたくさん食べようと考えながら、もう今日の献立に悩んでいる、そんな自分の心臓にふと手を当ててみたりするのでした。

カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

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