あのときエジプトに行けばよかった、と後悔している話

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大坂のコロナ感染者数が過去最多を記録、というニュースを見ながら

あのときエジプトに行けばよかった…

と、ふと思いました。

そう思うのは初めてではなくて、去年3月にコロナ関連のニュースを追いながら「これはあと数年海外旅行に行けないのではないか」と感じたときに一番最初に後悔したことでした。

あのときエジプトに行けばよかった…

というのも、コロナで海外旅行に行けなくなる半年ほど前に私はギリシャを旅行していたんです。

で、次の行き先を考えていた。

そのとき候補に上がったのがエジプトでした。

安いチケットがあったんです、ほんとうにサッと行ける距離だった。

でもすごく悩んだのに、行かなかった。

理由は怖かったから。

エジプトに行ったことある旅行者から、ラクダ乗りにお金を騙し取られたという割と悲惨な話を幾つか聞いていて、チキンな私は躊躇ってしまったんですね。

それと同時に思いました。

また来年、再来年、別の機会に行けばいいや、と。

悠長なもんです、ええそうです、だってまさかパンデミックが訪れるなんて思いもしなかったから。

「人生は何が起きるかわからない」

とわかっていたつもりでしたが、全然わかっていなかった、そういう自分のツメの甘さのようなものを感じたのでした。

目次

「怖い」とブレーキをかけて「正解」だったことはあるのか

もう一つ甘いと感じたのがあの時「怖い」を理由に、自分がエジプト行きを迷いに迷って踏みとどまったことについてです。

それは「正解」だったのか「失敗」だったのか。

この答えは永遠に出せないんですよね。

だって行かなかったから。

もし訪れて良い経験をしていたら「行って正解だ」と思うに違いないし、逆に危険な目にあっていたら「行って失敗だ」と悟るものがあったと思います。

でも、それは経験したからこそ出せる答えであって、経験してないと「無」なんですよね。

ちなみにココだけの話、この後にぐるぐる巡って最終的に私はモロッコに行きました。

モロッコ行きを決めたときは、心臓バクバクでこれは大冒険だなというくらいの心境で飛行機に乗ったのを覚えています。

そして素晴らしい体験をしました

と言いたいところなんですが、モロッコはそんな甘い世界ではなくて最後の最後で大失敗してカードを盗まれて急遽帰国するハメになりました(笑)

でもモロッコに行ったことを後悔しているかと聞かれたら、全く後悔していません。

むしろ「行ってよかった」と即答できると思います。

モロッコで乗ったラクダ。片道1時間半くらいかけて乗って砂漠の真ん中でキャンプしました。お尻が痛かったです。

だから「失敗」って本当に「失敗」なのかな、と考えることもできます。

経験値を得たという意味で考えるなら「失敗」は常にプラスに転じているとも言えるかもしれません。

そう思うと「無」というのは割と恐ろしい。

「失敗」を避けて「安全」に、大切な自分を守ったはずなのに何も得ることはできてない。

何かを得ようとするときはどうしたって恐怖と向き合って、それをバッと突き抜ける勢いのような、一瞬の勇気のようなものがとても大切なのかもしれません。

これは単にエジプトに行けばよかった、という一点に限らず。

なんとなく自分の人生を振り返ってみて。

怖いと感じて逃げた時に「これで正解だった」と思ったことが一度でもあるのか、と自問するともう「う~~~ん(苦笑)」と首を捻らざるを得ないんです。

大体、後悔しています。

ああすればよかった、こうすればよかった、と思うのは大抵「怖くて勇気が出せなくて試さなかったとき」な気がします。

自分を守ろうとして逆に多くのものを失っている。

わかっているのに、同じことを何度も繰り返しているからすごくタチが悪かったりする。

逃げ癖つくと、厄介です。

例えば、車とかバイクとか、走り出す時が一番ノロノロで時間がかかります。

一旦走り出せば、驚くくらいのスピードで前に進める。

だから、ある程度、流れに身を任せて進んでしまう。

目まぐるしく景色が変わっていく様を恐れて急ブレーキを踏まず、スピード自体を楽しめば案外に逃げるほど怖いことは少ないのかもしれません。

高速道路でブレーキを踏み、住宅街の路地でアクセルを踏む

このように書くと「じゃぁ、いつでもアクセル全開でチャレンジだ~ブンブン」という話になってしまうのですが、それも違う気がするんです。

(こういうことを考えるから頭が固いのかもしれませんが)

というのは高速道路でブレーキをかけても、住宅街の路地でアクセル全開で飛ばしても、同じく大事故に繋がってしまうから。

要は

状況判断能力

がとても大事だと思うのですが、これがまた難しい。

石橋をガンガン叩きすぎてコナゴナに割ってしまったり、明らかに危険な状況に自ら飛び込んでトラブルに巻き込まれたり、よくある話だと思います。

その塩梅をきちんと心得て、恐れずかつ注意を忘れない。

それから

残りの燃料はどれくらいか?

そもそも自分という車の排気量はどのくらいか?

そういった点をきちんと客観的に把握するというのも、また重要な点だと思います。

過大評価しすぎれば燃料がなくなったり、オーバースペックな運転で車が無理しすぎて動かなくなってしまうこともあるでしょう。

自己卑下しすぎれば燃料満タン、運転を恐れてピカピカの車を駐車場に止めたままどこにも行けないということも起こり得るでしょう。

(もしかすると得意な人もいるかもしれませんが)

自分を客観的に理解するって、すごく難しいと思ってしまいます。

見すぎると、周りが目に入らない。

それでは運転どころではなくなってしまうから、目線は必ず遠く先へ。

そして走りながらメーターを適宜確認し、状況に応じてブレーキを踏み、アクセルを恐れずに踏む。

そうやって行きたい場所にひたすら自分という車を無心で走りこなせたら、色々な景色を人生という旅路の中で楽しめそうな気がします。

かつ年齢を重ねるほど、運転上手になれたら素敵ですよね。

話がそれてしまいましたが、あのときエジプトに行けばよかった、そういう話でした。

またいつか旅行に行ける日までこの気持ちを忘れずに、なるべく人生の後悔を減らしていきたいなと思います。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • いつも記事を楽しく読ませて頂いております。
    実は私は海外旅行を一度しかしたことがなく、後悔しています。
    ただ、その時その時に優先順位の高いものを選んでいた結果なので、ないものねだりなのかな…とも思います。

    ふと「一度でいいから、アンコールワットに行けば良かったなぁ」と思い、ぱじゃねこさんのブログにカンボジアの投稿があったことを思い出し、訪問しました。
    すると、おしくらまんじゅう状態になっているアンコールワットの写真が(笑)
    イメージとだいぶ違ったので、なんとも言えない気持ちになりました。
    甘い幻想を抱いていたようです(´・_・`)
    リアルな姿が見れるブログってやっぱり魅力的です。
    今後も楽しみにしています。

    • ねこはんさん
      いつもコメント有難うございます。
      そうなんです!
      「こんなに観光客がいるのか」とビックリして、立ち尽くした記憶があります(笑)密レベルMAXという感じでした。
      ただアンコールワットは遺跡群なので、あまり観光客がいない遺跡もあるんです。
      私はそういう過疎化した遺跡のほうが、好みでした。人がいないのでゴロッと寝転がって空を見たり、のんびり散歩した記憶があります。

      海外旅行の面白い点は、甘い幻想が打ち砕かれることもあれば、想像以上に素晴らしい場所もあることなんですよね。
      実際に足を運び、五官すべてを通じて初めて気づくことは多いなと思います。
      ただ旅行の難易度がコロナで上がってしまったので…私やねこはんさんも含めて、色々と後悔している人は多いだろうなと思います。

      >その時その時に優先順位の高いものを選んでいた結果なので、ないものねだりなのかな…とも思います。
      確かに、ないものねだりなんですよね。
      私は後悔癖(?)が割とあるのですが、その時の自分の決断をきちんと受け入れてたら、後悔なんてしないのかな…とも思います。
      なので過去の自分を引き受けるというか認めるというか、そういう包容力を養っていけたらとも感じました。

      此方こそ、今後とも当ブログをよろしくお願い致します。

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