The Cat's Pajamas

旅と読書をこよなく愛する平成育ちの猫好きです。自分の好きなことだけをのんびりぽつぽつ紡いでいく趣味ブログを目指しています。

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バイクの教習所の卒業試験に2回落ちたからこそ「絶対に合格できる」と伝えたい

卒業できないんじゃないか、という不安

最近バイクを買ってから、頭の中がバイクのことでいっぱいのへっぽこ初心者ライダーです。

へっぽこなのは教習所に通っていたときから変わりません。

初回授業で三回転び、すでに補講宣言され

スラロームでは四回補講を受け

卒業試験も二回落ちました。

そんな劣等生バイク乗りのわたしですが、公道に出てバイクに乗っています。そんな下手くそは道路から出て行けという声も聞こえそうですが、でもバイクに乗れて、すごくうれしいです。

私自身もまだバイクに関して知らないことばかりで、勉強の身ですで、今教習所に通っている方へのアドバイスを書くのは難しいですが、悩んでいる方にエールを送ることはできるかなと考えました。

私の卒業試験の失敗談

卒業検定に二回落ちてしまったとき、私はすごく悩みました。

もしかすると卒業できないのではないか、と本気で考え始めたのです。

一度目の失敗は、スラロームでした。

ポールにバイクの後輪をひっかけて倒してしまい、即退場。私以外に、男性が一人、降車時にバイクを倒してしまい、再試験となっていました。

それから一度、スラロームの練習をしました。スラロームは既に四回補講を受けていたのですが、さらに繰り返しスラロームばかりを練習しました。どうにか体が慣れてきたと自信をつけて、再試験。

今度はきちんとスラロームを通過することができました。しかし最後の最後、なぜか信号停止の際に、ュートラルにギアが入ってしまい、それに気づかず、なんども発信させようとアクセルをふかし、退場。

焦ってしまいギアがニュートラルに入っているのも気づいていませんでした。

あと少しで合格という手前でしたので、本当に悲しかったです。

そして思いました。

もしかするとそつぎょうできないんじゃないか、と。

実際に卒業できずに辞めてしまう人もいるらしい

ところで、教習所では女性も多く見かけましたが、やはりそれでも若い女性が一人で教習所に来ているのは目立つらしく、多くの教習員の方に顔をばっちりと覚えられていたようでした。

その中の1人に、とても厳しい教習員の方がいらっしゃりました。

私はその人の指導を受けることが多くありました。

教習の最中、転んでしまうということがあります。見るに見かねて、引き起こしの時は教習員の方が少し助けてくれることが多かったです。

でもその人は違いました。

絶対に私の元に駆け寄ろうとはしませんでした。

女だろうが何だろうが、おれは絶対に手を貸さねぇぞという声が聞こえてくるような断固とした様子で、じっと私を見ているのが印象的でした。

そう、公道に出たら自分だけが頼り。

ふんと力を出して、そうやって頑張って。

私がバイクを起こすまで、じっと待機して、やっと起こせたというところで、何もなかったかのように次の課題を言い渡す、そんな方でした。

坂道発進を初めてした際、コースが大きく変わって、戸惑った私はまたしても転倒したときです。汗ダラダラの汚れきった姿で必死にバイクを押している私に、その人は言いました。

「楽しいか?」と。

唐突な質問だったので、正直驚きました。

でも、その一言に私は「はい!」と即答していました。

これが不思議なもので、第一段階の頃は本当に転んでばかりでしたし、周りもドン引きで、自分でもひどいありさまだったと思うのですが、バイクに乗ることは好きだったんです。

ぶんと風を切る音や、自分の身体能力をはるかに超えたスピードや、目の前に開けてくる道は、何も考えず、ただ前だけを見て、進めばいいという単純さをもって、私の感覚を圧倒しました。

吃驚するくらい情けない教習生だったのですが、そんなことが気にならないくらいがむしゃらに練習していました。そして自分が本当に少しずつ少しずつ向上していくことが、日々の小さな楽しみになっていました。

そして確かに覚えていること。

そのとき強面の教習員の方は、わたしにこう言ったのです。

そうか。なら、大丈夫や」と。

教習を途中でやめてまう奴もいる。

でも楽しいんやったら、最後まで頑張れるわ、と。

酷くそっけない言い方でしたが、私はその言葉がお守りのように心に残ったのです。

最後の卒業試験で、担当をされたのはその教習員の方でした。

合格が本当にうれしくって、発表される前からにやにやにやとしている私に呆れたように「よかったな」と一言だけお声をかけてくださりました。

楽しいことは能力に関係なく続けられる

繰り返しますが、私は運動神経もわるく、バイクも未だ上手に乗れません。

公道に出てまだ一か月ほどですが、すでに地味な失敗を繰り返してばかりいて、顔から火が出そうになったことばかりです。

それでも続けられるんじゃないかという確信をもっているのは、やはり本当に嘘がなくその時間を楽しいと思えるからだと思います。

卒なく生きようとすると、自分に嘘をつくのがどんどんと上手くなります。

本当に好きだったものを蔑ろにして、実はあまり好きではなかったことを優先させて、楽しいと思うことを悪いことのように感じて、苦痛を覚えることを努力のように思い込んでいたりする。

バイクに乗って、楽しいと思えた、これは1つの縁なのでしょう。

その縁を自分にとって良いものにするためには、やはりもっと上手に運転できるようになり、自分の身を守れるようになることだと思います。バイクに乗ることをよく思わない人も多いでしょう。

でも人生は一度きりで、死ぬまでには、やりたいことをやるために生きているのだと思えば、安全なものを最良だと信じることに喜びがあるとはどうしても思えない。

安全だと信じているものにも欠陥があり、いつどこで自分に何が起こるのかなんて予想はできない。

ならば好きなことをしたいと切に思います。

教習所に通い、バイクに乗る、そのとき「楽しいか」と聞かれて瞬時にイエスと答えられるのであれば、たとえ何度卒業試験に落ちても合格することができる、あまりに単純な結論かもしれませんが、本心でそう思うのです。

今まさに卒業試験に落ちてしまい、気持ちがへこんでいるという人がいたら、その背中をとんと叩いてあげたいと思います。

私が合格したのですから、絶対にダイジョブですよ、と。

そんな気持ちを込めて、エールを送りたいものです。

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